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10月にペルーに行きました。リマ、クスコ、マチュピチュ、ナスカの地上絵を見に行ったのですが、リマで加藤さんのお墓参りに行くことも楽しみの一つでした。
日本を発つ前に加藤さんの奥様からペルーナショナルチームのキャプテンだったビランチョ ヒメネスさんの連絡先を聞き、リマについて早速連絡をしました。彼女の名前はペルーでは有名で大袈裟な言い方をすれば日本での長嶋のような存在です。
連絡が取れた翌日にお墓に連れて行ってもらいました。La Molinaというリマの街が一望できる小高い丘の上にある墓地でした。最初にあったお墓は残念ながら墓荒らしにあったため、この墓地にビランチョさんとその当時のチームメート達が一緒になって移したそうです。彼女は今でも毎週木曜日にお墓参りをしているのですが、いかに加藤さんに感謝の気持ちを持ち続けていることがこれでも分かりました。
加藤さんがペルーに行かれたのはもう40年近く前のことですが、今でもペルー国民のほとんどの人がまだ加藤さんを覚えており、さらに加藤さんを自国民のように誇りに思っているのですから驚きでした。お墓参りに行く途中で車の運転手と話をしていると、彼は急に車を止めて近くにいる見も知らない人にアキラ カトウを知っているかと聞くのです。その人は自分のことのように自慢顔で滔々と加藤さんの功績を話してくれました。さらに以前はお墓の近くにあったという加藤さんの功績を記念したモニュメントが今は日本大使館の前のSana Verry Stという大通りにありました。
ビランチョさんが別の日にディナーに招待してくれたのですが、その日にはイルマさんというその時のエーススパイカー(なんと1メートル4センチのジャンプをした選手でした)も誘ってくれて、ペルーチームが初めて日本に加藤さんに連れられてきた昔話に盛り上がりました。丁度私は大学生で同期の佐渡島君と一緒にチームに付いてお世話をさせてもらったので彼女たちも私の事も覚えてくれていたので本当に楽しいひと時でした。その時の話の一つにあったのですが加藤さんが亡くなられる直前、輸血が必要になり献血を選手の一人がテレビを通じて呼びかけたところ、数十人の人が病院に献血に来てくれたそうですが間に合わず加藤さんは息を引き取られたそうです。
彼女たち12人全員今はリマに住み定期的に会っているそうですが、加藤さんからバレーボールだけでなくプロとしての仕事の技術を持つように口酸っぱく言われてきて、それを全員が実行してきたわけです。ちなみにビランチョさんは病院で栄養士として活躍されています。
上手く言葉には言い表せませんが加藤さんという凄い先輩を持つ慶応のバレーボール部に所属したことに喜びを感じたことと、40年前に一人でペルーに渡り自分で考え、実行し、大きな夢を実現させ、選手達に生き方を教えてきた加藤さんに改めて頭がさがりました。
今回の旅行で慶応バレーボール部から学んだこと(特に新たなことへの挑戦)をもう一度見直し、加藤さんに少しでも近づくことが出来ればと思いました。
昭和44年卒 井原 実
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